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船頭だより
歴史ブログ

毎日放送『美の京都遺産』に『角倉了以』が特集されます(^O^)/

保津川下りは、いつ、誰が始めたのでしょう?

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それを知るお客様は、あまり多くないように思います。

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(写真手前 角倉了以像 大悲閣千光寺蔵)
角倉了以(1554年〜1614年)

みなさん!知ってはりますか?

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徳川家康像(狩野探幽画、大阪城天守閣蔵)
徳川家康とだいたい同世代で、10才ほど了以の方が年下。
二人の関係は、天下人とその幕府をサポートした商人といえばわかりやすです。

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保津川開削の様子(瑞泉寺縁起絵巻 瑞泉寺蔵)

そんな角倉了以は、丹波の物資を川を利用し京都まで運ぶことを思いつき、「高瀬舟」という船底が平たく舳先が長細く高い舟を考案しました。

この保津川(大堰川)の開削にいたっては、徳川家康の許可をとり、丹波産の農産物、また炭やマキ、塩などを大量に京都まで、また、大坂まで運んだという記録があります。

20140524-094928-35368183.jpg(舟木本 東京国立博物館 屏風六曲一双 紙本金地著色 )
保津峡を水運で丹波→京都を結んだことは、山陰街道をより便利に大量に運べるルートを確立したことにより、京都の経済は発展し、関ヶ原の戦い以降の京都の人口増加に大きく貢献しました。

また、肉体労働ができる人夫や職人を集まり、了以が後におこなう京都の運河高瀬川開削にも繋がります。

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角倉了以
凄い人物でしょう(^O^)/

この人こそが、保津川下り創業の父なのです‼︎

そんな角倉了以がテレビで放送されます!

MBS毎日放送
『美の京都遺産』
5月25日(日曜日)朝6時15分
http://www.mbs.jp/kyoto/sp/

おそらくですが、保津川下りのこともふれられるでしょう!
そして、嵐山中腹にある大悲閣千光寺も(^O^)/

20140524-100243-36163092.jpg(大悲閣千光寺から見える保津川下りの船)
江戸時代、京都を発展させた
角倉了以、そして保津川下りを、ぜひ映像でご堪能ください♪───O(≧∇≦)O────♪

(さいたに屋)

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