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船頭だより
船頭ブログ

延喜式の水運 (川根性・船根性)

保津川水運のことを国の公式文書として一番古い記録されているのは、平安時代中期に編纂された法令集『延喜式』です。
(延長五年(927年)十二月に完成した)

その『延喜式』に見られる保津川水運の記述は、

「凡丹波国滝額津雑材直并桴功銭者。五六寸歩板。一丈四尺柱直各卅七文。簀子一丈二尺柱直各廿二文。榑一材直七文。自同津至大井津。榑一材桴功一文半」

これは現在の亀岡市・保津から京都市・梅津までの筏材の運賃を示したもので、かなり細かい材にいたる賃金が記述されています。

つまり保津川水運は、平安時代中期以前から筏などの水運業が十分に認知されていいたという証拠で、国の公式文書に残る日本の歴史でも非常に重要な水運であったことを示します。

 

保津川下りの船頭は、その延喜式の時代からの保津川水運の系脈を受け継いでいる『川人』、もしくは『川民』ともいえます。

いま、この素晴らしい新緑の中、今年加入した若き新人船頭たちは、先輩船頭の指導のもと日々船の操船技術を学びながら嵐山まで下っています。

 

新人船頭は、この1年間で川の流れを徹底的に学んで、歯を食いしばりながら屈強な体力をつけていきます。
それを昔から保津川船頭たちは、「川根性」・「船根性」と呼び、厳しく後輩船頭たちに引き継がれて来ました。

 

この保津川は、1000年を超える人々の「汗」と「涙」が染みつき、その永き時代の流れを今も刻んでいます…
(さいたに屋)
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