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京都は、日に日に寒さも和らいできており、桜も次々と咲き始めてきています(^O^)/

京都の桜の名所といえば数多くありすぎて、 ここが一番(^0^)b

という場所は,人それぞれ千差万別ですが、昔から愛されてきた桜の名所といえば、

 『嵐山の桜』

 でしょう(b^-゜)

 嵐山は平安時代から貴族の別荘地であり、歴代の天皇も行幸され、嵐山を題材とした和歌もたくさん詠われてきました。

それだけ昔から日本人に愛された嵐山の桜を幕末の英雄、

坂 本 龍 馬

 も、花見に訪れています。

今日は、そんな龍馬の嵐山花見エピソードをご紹介したいと思います。

このエピソードは『維新土佐勤王史』に残っています。

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龍馬は同志の高松太郎、千屋寅之助ら数名を引き連れて嵐山へ桜見物に行きました。

 志を共にして気のあったもの同士、飲めや唄えやのドンチャン騒ぎで盛り上がったことでしょう。

 そんな宴も終わろとしていたところに、浪士狩りをしていた会津藩士らが白鉢巻き姿に抜き身の槍を持ち、2列でやってきました。

同志たちの多くが脱藩の身で、会津藩士の姿に後ずさりする有り様。

 同志の中には、

「逃げましょう。」

という者もいたとか…

そんな中、龍馬だけは会津藩隊列に近づいて、道端にいた子犬を抱き上げ、さらにほおずりしながら進みました。

2列でやって来た会津藩隊列の真ん中に歩み入り、同志たちも龍馬に続いたところ、

会津藩士たちは、酔っぱらいだと思ってあえてとがめる者もなく左右に道をあけ、

龍馬らは難なく道を通り抜けました。

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 実に龍馬らしいエピソードですね。

 龍馬が生きた幕末の時代でも、嵐山の桜は咲き多くの人々が訪れていたことが伺えます。

 現在の嵐山の桜は、明治期、多くの桜が枯れていたことから岩倉具視が保存会を組織して植樹に尽力したとか……

古くから愛された『嵐山の桜』

僕たちも、いついつまでも末永く残していきたいものです。

 (byさいたに屋)