保津川峡谷に回り渕というところがあり、そこに「保壽泉」と刻まれた碑が建っています。

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この碑は、今上天皇の母、香淳皇后の父である久邇宮邦彦殿下が建てられたもので、皇室と保津川下りとが深い関係であったということを示す碑でもあります。

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久邇宮殿下は、近衞師団長時代に京都御所近くの荒神口に住んでおられ、よく保津川下りを楽しまれました。
船頭から回り渕に流れ湧き水が美味しいということを聞くと、飲まれた殿下は、たいそうお気に召され、なんと御所で御茶会を開かれた際に、茶の湯として献上されたのです。

宮中でも保津川の水は大変好評で、
この湧き水を「保壽泉」と名付けられました。
その名声は京都の地酒の銘柄になったほどです。

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保壽泉の碑が建てられたのは昭和五年(1930)、
碑石は鞍馬の石で、山陰線の汽車で運ばれたそうです。
亀岡駅から保津川下りの乗船場までは、竹を道にしき引っ張られ、
その後、筏で回り渕まで運ばれたとか…
その時、久邇宮殿下も船二艘を出し、建立に随行されました。
久邇宮邦彦殿下は、昭和4年に亡くなれておられるので、この記録に残る久邇宮殿下は御子息だと思われます。

当時の船頭は、この辺りの方言で気軽に殿下に話かけるもので、警備の巡査から睨まれたという逸話があります。
なんとも保津川の船頭らしい話です。

そんなエピソードを話せる船頭も、今少なく、保壽泉の碑もひっそりと建っています。
皆様も保津川下りをされた際、ぜひ、保壽泉を見つけてみて下さい。

(さいたに屋)

参考文献『保津川下り船頭夜話』『ふるさと保津』