「この川は、最終は日本海につながるんですか?」

時々、こういう質問をうけます。

京都市内の川とちがって、亀岡市の川は丹後方面につながると思われがちなんですかね。

いえいえ、違います。

保津川は、別名、大堰(おおい)川ともよばれてました。

 

 

 

 

 

5世紀以降に、大陸から帰化した秦氏が、嵯峨野の太秦付近の川にダム(堰・いせきと読む)をつくった事に由来します。

当時の京都市内に、水田とかつくるためですけど・・・

保津川は、この上流域にあるため、こういう別名がつきました。

もっと簡単にいえば、桂川。

最終は、京都府と大阪府の境で三川合流し(宇治川、木津川、桂川)淀川になります。

 

 

 

 

 

 

 

 

奈良時代から明治まで、狭い渓谷を縫うようにして物資を運んだ運河なんですよ。

今は、桜もだいぶ散ってしまいましたが、これからは目にも鮮やかな新緑の季節。

透明感漂う歴史深い保津川に、日ごろの疲れをいやしに来てください。

待ってま~す。

 

T-ATSU