山吹や 川面に映る 面影よ

やまぶきや かわもにうつる おもかげよ

 

晩春の保津峡に山吹の花が咲いています。

山吹といえば、山吹色。日本の伝統色で、絵具やクレヨンでよく見かけますよね。小学生の頃、なぜこの色があるのか不思議に思ったものです。

山吹は。万葉集の頃より和歌によく詠まれ、かつての日本人は、晩春の山を山吹色に染め、風にたよやかに揺れるその姿に風流を感じていたようです。

「山吹色」、これからも大事にしたい「色」「言葉」ですよね。

 

この山吹にちなんだ様々な伝承や物語があります。ここで二つ紹介。

一つは、山吹を別名「面影草」と呼ぶ物語。

かつて、恋し焦がれた恋人たちがいました。しかし、その恋も終わりの時がやってきました。二人は、お互いの顔を忘れないように、それぞれの鏡に面影を映し、持ち帰りました。その鏡を地中に埋めるとそこから山吹が咲いたという物語。

もう一つは、山吹伝説の物語。

江戸城を築いた室町時代後期の武将・太田道灌(おおたどうかん)は、鷹狩をしている時、にわか雨に会い、近くの農家で蓑(みの)を借りようとします。しかし、その家の娘は黙って山吹の花を一輪差し出すばかり。馬鹿にされたと怒って帰った道灌は、近臣にこのことを話します。すると、その近臣は、娘の行動の真意を悟り、娘の気持ちを代弁します。

『「後拾遺集」に兼明親王(醍醐天皇の皇子)の次のような和歌があります。

「七重八重 花は咲けども 山吹の 実の一つだに なきぞ悲しき」

娘は、この和歌に掛けて、貧しく蓑(実の)一つさえない悲しみを一輪の山吹に託したのです』

自らの無知に気付いた道灌は、その後さらに歌道に精進し、歌人として大成したといわれています。

※一重の山吹には実がなるが、八重の山吹には実がならないそうです。

 

 

花冷えの保津川に、時折にわか雨の降る今日この頃。

名残の桜と山吹の花。

いにしえからの晩春の面影が川面に映っています。

 

 

 

船士魂