亀岡で屈指の紅葉の名所で知られる鍬山神社から北約800mの所に
那須与市堂
と呼ばれる御堂があります。

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那須与市堂は、
源平の時代の1184(寿永3年)、
平家が陣を置く一の谷へ攻める源義経の軍に加わっていた那須与一が、山陰道通り、途中の亀岡の地で急に病になり動けなくなりました。
たまたま法楽寺の阿弥陀如来に病気回復を祈願した所、その霊験で回復し、義経軍の後を追い、その後の屋島の戦いで扇の的を射て武勲をあげました。
そして、その後は、武士を捨てて仏門に入り、この法楽寺を再興したといわれています。

社伝によりますと、
江戸時代の1716(享保元年)に法楽寺が火災より焼失。
そこへ住民達が駆けつけた時、なんと焼け落ちた御堂の跡に、まばゆい金色の光に輝く本尊阿弥陀如来像が立っており伝えられています。

その後、1893(明治26)、地元の人々の手により焼仏像の阿弥陀を現在の場所へ安置し、那須与一が法楽寺を再興したとう伝承から「那須与市堂」と名付けたそうです。。

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現在でも、8のつく日、つまり毎月8日・18日、28日に地元の人々が集まりお参りされています。

ちなみに、今年の9月20日(日曜日)には
那須与市堂秋季彼岸法要
(10時から12時まで)

が行われます。

お参りされている住民の方々は、失礼ながらご高齢されており、なんとか亀岡の歴史の財産でもあり、永きに渡り地元の人々に守られてきた阿弥陀様の信仰を後世に残さなければならないと思いました。

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ぜひ、保津川を愛する皆様にも那須与一ゆかりの那須与市堂に行って頂きたいです!

焼失した御堂から住民が見たという金色の阿弥陀様を、ぜひ拝んで頂きたいと思います。

那須与市堂
場所:亀岡市下矢田町東法楽寺2

ちなみに、那須与市堂の前身である法楽寺は、平安時代の陰陽師安倍晴明が建立した寺院で、阿弥陀如来像は恵心僧都(源信)の作と伝わっています。

京都の隣の亀岡に、こんな深い歴史があります!

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那須与市堂からの亀岡の眺め!

(さいたに屋)