日本の歴史上の人物を見ると、やはり圧倒的に女性より男性が多いもの…

代表的な歴史上の女性人物といえば、

推古天皇
北条政子
日野富子


真っ先に思い浮かびます。

他にも女性が登場する話がありますが、やはり女性は男性に比べて圧倒的に少ない…

よく、歴史を題材したテレビ番組などで、

「歴史の”かげ”に女性あり」

というようなテーマがありませんが、

これは、ある意味
女性蔑視のような気がします。

歴史に女性も男性もないのであって、

太古から女性と男性が時代を受け継いで「今がある!」というのが正解だと思います。

ということで、
今回は幕末の時代に丹波地域出身の女性の活躍をご紹介したいと思います。

その人の名は、
君尾(中西きみ)。

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君尾(きみお)は、
祇園花街の芸妓で、幕末当時で祇園一と言われる美貌と竹を割ったような気風の持ち主の人で、

そんな君尾は、英気をやしなう志士たちに絶大な人気者でした。

志士たちの敵である新撰組の局長近藤勇も彼女のファンであったとか…

しかし、君尾が当時愛していた男性は、井上聞太(馨)であったそうで、

君尾と聞太が手鏡を交換しあい、
後に、
聞太が刺客に襲われながらも一命をとりとめたのは、君尾からもらった手鏡が懐に入っていたから…
と伝えられています。

その後も、品川弥二郎・野村万作らの危機を救い、
桂小五郎(木戸孝允)から『妓侠』と証されました。

また、戊辰戦争の際、日本最初の軍歌
「宮さん 宮さん お馬のまえの ひらひらするものなんじゃいな」
と歌われた『とことんやれ節』は品川弥二郎の作詞に君尾が曲をつけたという説もあります。

この品川弥二郎と間に辰次郎(巴)を生み、

20120914-144930.jpg(晩年の君尾)

君尾は大正7年、75歳まで生きました。

彼女の葬儀には大勢の人が参列し、贈られた献花には山県有朋や総理大臣を出した伊藤家・京都知事だった北垣家の名前も写真からうかがえます。

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歴史は、
どうしても男性的な目線から解釈されがちですが、
このようなに女性から描いた歴史も、男性の歴史と同じ時間を送ってきたわけで、幕末維新にも、女性が夢見た国があったはずです!

そのような視点から歴史を見つめ直すことも大変面白いと思います。

そんな悠久の歴史を味わいながら、保津川下りを楽しんでください。

(さいたに屋)