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船頭だより
歴史ブログ

『葵祭』二つの古の社

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新緑がキラキラまぶしい保津川は、いわずと知れた京の都へ流れる川!

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同じ京都に流れる「賀茂川(鴨川)」も、京都が1200年の都とたらしめるための重要な川あり『聖地』なのです。

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(賀茂川)
そんな賀茂川には、下鴨神社(賀茂御祖神社)

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と、上賀茂神社(賀茂別雷神社)

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という二つの神社があります。

この下鴨神社と上賀茂神社の関係を簡単に説明しますと、

賀茂別雷神社(上賀茂神社)の祭神は賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)で、古代から賀茂の地を治めている豪族賀茂氏がその祖先を神!

賀茂御祖神社(下賀茂神社)に祭られているのは玉依姫といって、賀茂別雷命の母です。また、玉依姫の父である賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)も合せて祭られています。

二つの神社には、
奈良時代に編纂された「山城風土記」に、次のような伝承があります。

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その昔、玉依姫は、
賀茂川の川上から流れてきた赤く塗られた矢を拾い上げ、寝床の側に置いていると、いつか妊娠し男の子が生まれました。
玉依姫の父賀茂建角身命は、父親が誰なのか知りたく思い、七日七夜の宴を張って、「汝の父と思う者にこの酒を飲ませよ」」と勧めました。
すると子供は屋根を突き破り天に昇っていったので、天の神の子であると知ったというものです。
その神とは山城乙訓郡の火雷神であったといわれとされます。
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20140513-084803.jpg(上賀茂神社 ならの小川)
古い時代には、神が姿を変えて人間の娘に近づき、子供を残すことがあると信じられていたようで、神を父として生まれた子供には、一般人にはない優れた能力が備わっていると考えられていたようです。

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賀茂神社は、賀茂氏にはかつては神の妻に選ばれる女性がおり、いまもその正当な血を引いているのだという賀茂氏の信仰の象徴となり、

神の妻となった玉依姫を下賀茂に、
この結婚により生まれた自分たちの祖先を上賀茂にというように、二社が対になる構成となりました。
上下の賀茂神社は日本古代の聖なる母子を神に祭った神社ということが読み取れます。

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上賀茂神社の近くには社家町といわれる神官の住居があり、家の前には明神川が流れています。
この明神川が上賀茂神社の境内に入り、「ならの小川」と名を変え聖なる川となるわけです。和歌にも、、、

風そよぐならの小川の夕暮れは
みそぎぞ夏のしるしなりける

(藤原家隆[新勅撰和歌集・百人一首])

と詠まれ、、

“ならの小川”は5月4日に行われる、葵祭の斎王代の御禊(ぎょけい)を斎行する川でもあります。

さて、
いよいよ、5月15日は、

葵祭

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王朝風情豊かで雅な祭で、京都の新緑を練り歩く行列は、京都三大祭の一つに数えられ、
正式には「賀茂祭」といいます!

(さいたに屋)

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